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2013年7月 5日 (金)

フラッグ、フラッグ、フラッグ

フラッグ、フラッグ、フラッグ

1999年の、フラッグというタイトルをつけた一連の絵になるまでは、約10年のあいだ、最終的には上下、左右の2本の線に収斂するような、絵の制作をつづけて来ました。

2本の(上下左右の)線を引くと、画面上のどこか一点で交差しますね。その2本の線にいたるまで、赤、黄、青の順に色を重ね(白をあいだに挟みながら)、さらに筆触をあらわにさせながら出来する線を繋げてゆくと、次第にある一点に交わるようになるのですが、その交差の直前に、なぜかポッカリと大きな穴が開いたような、なにものかが出現して来ます。
それを、とりあえず空間と呼ぶことにして、その空間を埋めずに、つまりは敢えて一点に交差する方向へむかわずに、そのまま放置したらどうなるのでしょうか。そこに興味を持ちました。
よくよく見てみると、その穴は、なんとはためく旗のようなかたちをしているではありませんか。あの矩形の旗が、かぜに吹かれて揺蕩う感じ、かぜのかたちに靡いている、そんなふうに見てとれたのです。
そのすがたかたちが、いわゆる空間の概念に近いように思われました。そんなこんなで、その後の絵画一連をフラッグと呼ぶことにしたわけです。

それからしばらくして、15年前に描いた紙の作品(ドゥローイング)がアトリエの隅から出て来て(すっかり忘れていたのですが)、たぶんあまり意識せずに描いたであろうその最初のポッカリと開いた穴のようなもの、すなわち『フラッグ』を、今更に眺めることになりました。
この発見?がきっかけとなり、最初のフラッグ(紙の作品)を繰り返し描いてゆくうちに、何かを見て描くということ、それも、みずからが描いたものをリピートすることに、ある快感を憶えました。
そうこうしているうちに、ちょっと突飛ですが、自分が写真に撮ったものを見ながら描くということを、制作の手段に取り入れました。
自分が写真にとどめようとした光景、一枚の光と影としてあらわれる景色、つまりはみずからの視覚への再認識、このことがあらたな課題として浮上してきました。
なぜならフラッグは、見ようと思えばどこにでもあったからです。
 

アトリエの北側、隣りは小学校ですが、その境界に、アカメ(赤芽がしわ)という樹木が十五本ほど植えられていて、垣根を拵えています。アカメは家の敷地に、金網フェンスは学校の敷地内にあり、アカメの幹や枝枝は、学校のフェンスの金網に食い込むように枝葉を伸ばしています。アカメは、ほつえに繁る若葉が赤いためにそう呼ばれていますが、生長がはやく公害にも強いため、街路樹として活躍しているのでご存じの方も多かろうと思います。
その光景を、自室の北側の窓から毎日眺めるともなく見ていたのですが、左右2枚の曇りガラスの窓に映るアカメと薄みどり色のフェンスの影は、目を見張るものがあり、四季を通してカメラに収めて来ました。
とはいえ、ただ漫然とレンズをむけて撮りためて来ただけの映像にすぎなかったのですが。ところが、ある時からそれら写真のかずかずが、今までとは違うものに見えてきたのです。
すなわち、フラッグ以後、そこにあったのに気がつかなかった(あのどこにでもあるのに見えて来なかった)空間を、見出したのでした。なにか特別な意味をもちはじめたというよりも、普遍的ななにものかがこちらに問いかけて来るような感覚といったらよいでしょうか。
けれども、これら写真の光景を見ているとき、目はなにを見ているのか。風景を見ているのではない、窓ガラスを見ている。いや窓ガラスそのものを見ているのでもない、窓に映っているかげ(光)に目はとらわれている。(窓は閉まっているのだから)
ときどき、窓を開けて戸外を確認するのですが、数メートル先に、学校プールがあり、雑草混じりの菜園がありといった、ごく普通の景色です。
そこに、つまり窓の写真に、フラッグの構造があると認識して見ているのは、思えば自分の勝手です。きわめて主知的な事柄といえましょう。
 

その写真を手がかりにして、まさにフラッグの記憶を解きほぐすように(残像といえばいいのか)描きはじめたのが、いま、画廊の壁面の左右に並ぶ一組の絵画、すなわち「アカメ」です。ですから2枚一組の窓のように壁に掛けられ、約5センチほどの隙間を置いて、F130号の大きさのキャンヴァスが2枚並んでいます。そしてやはり中央付近に、あの、旗のような、ポッカリ開いた穴のような、空間が垣間見えるのです。
むろん、そう見えるように、描かれているのであります。
1枚の小さな最初のフラッグに見出した構造とよく似ているように自分には思われます。
同じしごとがもう何枚か並べば、もっと分かりやすいのですが。

*これらの絵画作品は、2003年1月ギャラリー檜《線の配合》展に出品された。テキストはその後作成されて、ブログ『ART2000』(現在活動休止中)に掲載された。(この時のテキストには英訳文もあり。)
今回、ブログ《フェンスぎりぎり》に紹介するにあたって、すこしく訂正加筆した。 (2013/07/05)

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